「時計が止まってしまったので、新しく電池交換をお願いしたい」とお客様がお持ち込みくださったのは、北欧デンマークを代表するプレミアムブランド、GEORG JENSEN(ジョージ ジェンセン)の腕時計。
無駄を徹底的に削ぎ落とした漆黒の文字盤に、アシンメトリーで芸術的なシルバーの針が浮かび上がるその佇まいは、まさに時計の形をした彫刻作品。しかし、どんなに美しいお時計であっても、クォーツ式である以上、電池が切れてしまうとその美しい時を刻むのをやめてしまいます。お客様の大切な相棒を再び蘇らせるため、エファーナのデスクにて細心の注意を払いながらメンテナンスをスタートいたしました。

素材の特性を見極める:シルバー製ケースの構造確認と開封
エファーナが時計をお預かりして最初に行うのは、その時計が持つ「素材」と「構造」の確認。
一般的な腕時計の多くはステンレススチールで作られていますが、シルバースミス(銀細工師)としてのルーツを持つジョージ ジェンセンのお時計は、ケースや裏蓋に贅沢な「スターリングシルバー(SV925)」が採用されているモデルが数多く存在します。こちらの個体もまさにシルバー製。その証拠に、裏蓋の周辺にはシルバー製品特有の経年による味わい深い「くすみ(硫化)」が見られます。シルバーはステンレスに比べて非常に柔らかく、デリケートな素材であるため、工具を強く当てすぎると簡単に傷がついてしまいます。
構造を観察すると、裏蓋は4箇所のネジで留められているタイプ。手で時計を優しく固定し、精密ドライバーをあてがいます。1箇所のネジだけに一気に強い力をかけると歪みが生じてしまうため、対角線上のネジを均等に少しずつ緩めていくのがセオリー。極小のネジを1本ずつ慎重に取り外し、裏蓋を開封します。

開封直後:内部機械の観察と古い電池の撤去
ネジをすべて外して裏蓋をそっと持ち上げると、スイス製の高級ムーブメントが顔を出します。ここで手を止め、しばしの「観察」を行います。
機械内部に湿気の侵入や、それによるサビ、液漏れなどの深刻な異変が起きていないかを厳しくチェック。今回のチェックでは内部への浸水痕はなく、機械は非常にクリアな状態に保たれていました。健康状態を確認できたところで、長年の大役を終えて電力を使い果たした古いボタン電池を、ショートさせないよう絶縁ピンセットで丁寧に取り除きます。

微細な異物をシャットアウトする:綿棒によるムーブメント清掃
古い電池を取り出した後は、新しい電池を入れ替えるための清掃工程に入ります。
どんなに気密性の高いお時計であっても、長年使用していると、裏蓋の隙間などから肉眼では見えないほどの細かな塵や埃がわずかに侵入してしまうことがあります。これらが新しい電池をセットした衝撃で機械の奥深くに入り込んでしまうと、歯車に噛み込んで突然の遅れや停止の原因になります。そのような事態を防ぐため、綿棒を優しく滑らせるように動かし、ムーブメント周辺の微細な汚れを絡め取るようにお掃除していきます。

防水性の要:パッキンのチェックとシリコングリース処理
続いて、お時計の日常生活防水機能を支える最も重要なパーツ、「パッキン」のメンテナンスに移ります。このお時計には、スクエア型の裏蓋の形にぴったりと合わせた特殊な形状のゴムパッキンが装着されています。
まずはピンセットでパッキンをそっとつまみ上げ、ゴムの弾力が失われていないか、ひび割れや硬化が起きていないかを指先の感触と目視で厳しくチェックします。今回のパッキンは、幸いにも十分なしなやかさと弾力が残っており、十分に再利用が可能な状態でした。
パッキンが健全であることが確認できたら、防水性をさらに高めるために「シリコングリース処理」を施します。パッキンを専用の含浸スポンジに挟み込み、表面に均一なシリコンオイルの保護膜をコーティングします。これにより、ゴムの乾燥と劣化を防ぎ、裏蓋を閉じた際の密閉度を劇的に引き上げることができます。


見落とされがちな汚れの溜まり場:裏蓋のすき間掃除
パッキンのケアと並行して、もう1つ絶対に行わなければならないのが、パッキンが長年収まっていた「裏蓋側の溝(パッキンの痕)」のお掃除です。
実は、裏蓋のパッキンが接している金属のわずかな隙間には、長年のご愛用によって生じた汗や皮脂、ホコリが黒い酸化汚れとなってこびりついています。パッキンを剥がした後の溝には、こうした汚れが驚くほど蓄積しているものです。
これを放置したまま新しい電池とグリースアップしたパッキンを戻してしまうと、汚れの粒がパッキンを微妙に押し上げてしまい、そこから水気が侵入して大故障を招く原因になります。ここでも綿棒を駆使し、四角い裏蓋の細い溝の四隅まで徹底的に汚れを掻き出し、美しい金属光沢が戻るまでクリーニングします。

最終テスト:確実な閉鎖とパルスチェッカーによるダブル確認
すべての清掃とパッキンのケアが終わったら、新しい電池をムーブメントにしっかりと固定し、潤いを取り戻したパッキンを元の正しい位置へと配置します。そして、4本の極小ネジを再び対角線上に均等なトルクで締め込み、裏蓋を完全に閉じ合わせます。
裏蓋が歪みなく完璧に閉まったことを職人の目で目視確認したのち、最終の動作テストとして「パルスチェッカー(時計専用の回路測定器)」の上に時計を乗せます。ジョージ ジェンセンのこちらのモデルは文字盤に秒針がなく、時針と分針の2本しか持たないため、肉眼だけでは動いているかどうかの即座の判別が困難です。しかし、パルスチェッカーを使えば、内部の電子回路が正常に動作し、1分ごとに正確な駆動信号(パルス)を発しているかを瞬時に、かつ確実に数値と光で確認することができます。チェッカーのインジケーターは規則正しいリズムで美しく点滅し、機械が完璧に復活したことを証明してくれました。

輝きを取り戻した相棒を、再びお客様の手元へ
パルスチェッカーによる検証もすべて順調、完璧な作動が確認できました。
仕上げに、シルバーケースの表面についた作業時の微細な油分などを専用のクリーンクロスで丁寧に拭き上げ、現在の正確な日本標準時へと時刻を合わせてすべての電池交換・メンテナンス工程が完了となりました。漆黒の文字盤の上に凛と佇むシルバーの針が、再び静かに、そして力強く時間を刻み始めました。

おわりに:修理内容は「すべてオープン」に!
今回のように、大切にされているブランドウォッチや、特別な思い出が詰まったお時計を預ける際、「裏側でどんな作業がされているのだろう」「ただ電池を入れ替えるだけなのかな」と不安に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
私たちエファーナが、こうして裏蓋を開けたあとの綿棒清掃、パッキンのシリコングリース処理、見落としがちな溝のすき間掃除、そしてパルスチェッカーによる厳密なテストまで、すべてのプロセスを写真付きでオープンに解説しているのは、お客様の大切な腕時計をお預かりする専門店としての「誠実さ」と「安心」をお届けしたいからです。作業内容を可視化し、細部まで手を抜かない職人の手技をご覧いただくことで、お客様にも「ここなら間違いない」と心からご納得いただけるのだと信じています。
当店の時計修理専門サイトには、今回のGEORG JENSENをはじめ、カジュアルなファッションウォッチから世界的な高級機械式腕時計、さらには代々受け継がれてきた形見のお時計まで、数多くのリアルな修理事例を掲載しております。
高松市の「エファーナ」では、お時計の電池交換はもちろん、眠ってしまっているジュエリーを新しく生まれ変わらせる「ジュエリーリメイク」のご相談も日々承っております。「動かなくなってしまった大切な時計がある」「形を変えて使いたいジュエリーがある」という方は、ぜひ一度、エファーナまでお気軽にご相談ください。職人が心を込めて、皆様の大切な宝物に再び輝きを灯すお手伝いをさせていただきます。