「ふと時計を見たら、ガラスの内側が白く曇っていて……文字盤の色も少し変わっている気がするんです」
日本の美意識が凝縮された高級ドレスウォッチ「セイコー・クレドール(CREDOR)」。18Kゴールドとダイヤモンドが織りなす繊細なデザインは実に優美ですが、文字盤をのぞき込むとガラス内側に湿気の膜が張り、文字盤のフチにわずかな変色が見受けられます。
これは、ケース内部に水気が侵入した「入水(水入り)」の危険なサインです。水気が残ったまま放置すると、繊細なムーブメント(駆動装置)がサビつき、再起不能になってしまうこともあります。手遅れになる前に、職人の手で迅速かつ丁寧なレスキュー・メンテナンスを行います。

時間との勝負。迅速な分解と乾燥作業
お預かりして最初に行うべきは「水分の除去」です。
ケースに余計な負荷をかけないよう注意しながら裏蓋を開けると、案の定、ケースの縁や裏蓋の接合部に汗や水分の付着跡が残っていました。

内部の心臓部であるクオーツムーブメントを水気から救い出すため、すぐさまリューズを抜いて機械と文字盤をケースから安全に取り出します。そして、ムーブメントを専用の乾燥設備へ移行させ、残った湿気をじっくりと除去していきます。
ケースの除菌清掃と「ガラスの透明度」の追求
ムーブメントを乾燥させている間に、水分の侵入によって汚れてしまったケース本体のお手入れを行います。

ケース内側の段差やネジ穴周辺には、侵入した水分と皮脂が混ざり合った固着汚れが残っています。これを綿棒で1箇所ずつ丁寧に拭き取っていきます。
続いて、内側が曇っていた風防ガラスの清掃です。

水滴の跡や皮脂膜を綺麗にクリーニングした後、ケースを作業用ライトにかざします。角度を変えながら光を透かすことで、ガラス内側にわずかな拭きムラやチリ、湿気が残っていないかを徹底的に目視点検します。クレドールにふさわしい澄み切った透明度を取り戻しました。
繊細極まる「文字盤清掃」と「パッキン劣化」の診断
乾燥作業を終えた文字盤とムーブメントを固定台から取り外します。

高級時計であるクレドールの文字盤は、非常に繊細な塗装と幾何学模様が施されています。強く擦ると塗装が剥がれてしまうため、ブロアーの風でチリを飛ばし、柔らかい毛のブラシを使って撫でるように慎重に表面を整えます。
次に、今回の浸水を引き起こした「原因」を探ります。

裏蓋の溝に固着していたゴムパッキンを持ち上げて確認すると、長年の圧力で完全に平たく潰れ、ゴム特有の弾力性が失われていました。これでは隙間ができ、手洗いや汗の湿気を防ぎきれないので同型のパッキンの交換対応で進めて行きます。
パッキンを外した後の裏蓋溝にも、水垢や頑固な固着汚れが残っています。

金属の座面を傷つけないよう、竹や木製の爪楊枝、そして綿棒を駆使してカリカリと丁寧に汚れを削ぎ落とします。溝を平滑に整えることで、新しいパッキンが完璧に密着するようになります。
侵入経路を完全に塞ぐ。「二重の防水処理」と最終テスト
裏蓋側には、防水性を向上させる処理を施した新品のパッキンを取り付けます。

シリコングリースを均一に馴染ませたパッキンを、ピンセットでたわみのないよう裏蓋へ確実に取り付けます。
そして忘れてはならないのが、手洗いや操作時に最も水が入りやすい「リューズ(竜頭)部」です。

リューズの軸(竜芯)に装着されている極小のパッキンも経年劣化していたため、新品へ交換しシリコングリース処理を施します。裏蓋とリューズという「2つの入口」を完全にガードすることで、防水・防塵性能を新車時のように高めます。
すべてのパーツを組み上げたら、最終テストへ。

新しい電池をセットして裏蓋をしっかり固定し、パルスチェッカーで回路から正しい電子信号が出ているかを測定します。「問題なし!」のクリア反応を確認し、現時刻へピッタリ合わせたら全てのメンテナンスが完了です。
曇りが消え、ダイヤモンドとゴールドが再び美しさで輝き始めました。
「ガラスが曇った」「少し水が入ったかも」というトラブルは、早めの適切な処理で時計の寿命が大きく変わります。思い出の詰まった大切な腕時計をこれからも安心してお使いいただけるよう、私たちはどんな小さな変化も見逃さず、心を込めてお手入れをしております。
腕元で気になる症状がございましたら、いつでもお気軽にご相談ください。